ケアワーカー

パチンコ遊技機等の映像を中心に、3Dデザインの面で支えてください。
●モーション作成
●テクスチャ作成
●エフェクト作成
…など、「Maya」・「Max」を使っての3DCG制作。あなたの作った3DCGが、映像全体の厚みを左右します!

当社では、大手メーカーとのやり取りも直接できる環境のため、あなたのアイデアを反映可能です。
また、未経験の方や業界未経験者の方、経験が浅く不安な方もチャレンジできるようフォロー体制もバッチリです。

先輩インタビュー 先輩インタビュー

絶対に行かないと思っていた遊技機の映像開発。
今思えば、若かったですね、ボクも(笑)

―――― レコムとの出会いを教えてください。
専門学校時代、同じ寮に住んでいた先輩から「一緒に映像編集の仕事をしてみないか?」と誘われたことがキッカケです。

面接で遊技機の映像がメインと聞いて、最初は正直「あー…」とは思いました。でも、特に「これがやりたい!」という分野はなく、そもそも、当時は社会人経験もない25歳。「食わず嫌いは良くない!こんな僕でお役に立てるのなら頑張ります!!」と思い直し、入社することにしました。


―――― というと、パチンコには興味がなかったんですか?
そうですね。全くありませんでした。むしろ、パチンコだけはやらないとも思っていました。
なので、面接に訪れて、改めて事業内容を聞いたときに、「あー…」って思っちゃったんですよね。

―――― そこまで思いながら、思い直した理由はなんだったんですか?
よくよく考えれば、映像編集という意味では同じ仕事。絶対にやらないと思っていたことを手掛けることは良い経験になるかな、と考えて思い直しました。実際、仕事にしてみると、パチンコだから良い・悪いなどは一切ありませんでした。映像編集という意味では他の分野と同じ目線で仕事ができていると思います。

振り返ってみても、やっぱり「食わず嫌いは良くない」と思います。

―――― では、入社して一番嬉しかったことを教えてください。
うーん、何でしょうね…
丁度その時を迎える瞬間かもしれませんね。メインで担当している2年ほどの長期プロジェクトが、長く険しい道のりを乗り越えて、今ようやく終わりを遂げようとしているんです。終わった瞬間は、きっと入社して一番の達成感と喜びに包まれるものと確信しています!

―――― 2年間は長いですね。
そうですね。一つのプロジェクトに2年間というのは、他の案件と比べても圧倒的に長いです。
今回は、私がメインの担当で関わった初めてのプロジェクトで、途中に納期のことや仕様変更、イレギュラーな対応などなど、とにかく色々ありまして。。。
ようやく先が見えてきたので、早く良い思い出にしたいと思ってます!

 

仕事は自ら見つけるもの。
目指したい自分は、自分自身にしか分からないのだから。

―――― それでは、レコムさんのいいところを教えてください。
多くを任せてもらえる点です。
今のプロジェクトも、会社から「ああしろ、こうしろ」と命令されるのではなく、ある程度自分の裁量に合わせて行動することができています。自発的に行動できる分、責任感も生まれて大きなやりがいにつながっています。

―――― 「自発的に」ということがポイントになりそうですね。
全くその通りです!
任されている仕事が「できない」ときも、自発的に自ら手を挙げることが望まれます。
事前にヘルプを出せば、周囲のメンバーは必ず集まってきてくれます。逆に、ギリギリになって「間に合わない」などのミスが発覚したときは、しっかり怒られます(笑) 仕事ができる・できないではなく、自発的に行動できる・できないということが、会社側が大切にしている点だと思います。

―――― なるほど。仕事への姿勢が評価されるんですね。
待っていても仕事は来ません。受け身の仕事はツマラナイものばかり振られます。 でも、自ら向かっていけばいい仕事になります。レコムで学んだことです。この気持ちを持っている方であれば、ある程度の経験不足は入社後に補えます。好奇心旺盛な方、積極的な方と一緒にいい仕事がしたいです。

休日の過ごし方

基本的に寝てます!起きている場合は、以下に替わります。
友人と遊ぶ場合 ⇒ 映画や散歩 or 飲み
家族と過ごす場合 ⇒ 食事 and 飲み
一人で過ごす場合 ⇒ 8割がたゲーム(コンシューマー系)
備蓄の買い足し等、用事がなければあまり外には出ません(笑)

休日の過ごし方

人生グラフ 人生グラフ

人生グラフ
1991年頃
小学1年生。ゲームボーイを触り始めたのを機に「ゲーム」というものに興味を持ち始める。 絵にも興味を持つが落書き程度。プログラム言語BASICを触ったり、電気電子工学の通信講座をやらせて貰ったり「モノつくり」に漠然とした興味を示す。
2000年
両親の強い希望により、市内の進学校に入学、趣味としてイラストを描き始める。
2004年~2007年
卒業後1年間の浪人を経て、山形大学工学部に入学。 「プログラミング」に興味があったが、『エンジニアを育てる』という学校の方針を受け入れられず、3年目に中退。
2008年4月
両親を説得して、バンタン電脳ゲーム学院に入学。自分に無い「技術」を学ぶため企画・絵・プログラムを同時に学べる「ゲームデザイナー学部」を選択し、グラフィックを軸に力を入れる。
2008年5月
色々な学校の生徒約800名が集まる寮で暮らし始め、バンタン以外のゲーム系専門学生とも交流を持ち、週1回、「食事会」と称した情報交換の場を設け続けた。
2010年4月
バンタン3年目春に、2年目で就職した寮生からレコムがグラフィッカーを募集しているという話を聞き、その日のうちに面接。翌日に入社が決まり、翌々日には働き始める。当時は社員も少ないところにプロジェクトが4~5本同時に進んでおり、とても大変な時期でした。
2010年
とにかく、舞い込んでくる仕事をこなすことに専念。初めて触るツールなどザラで、誰もノウハウを持っていない。プロジェクト毎に新しいことにチャレンジ・開拓する気分で、これはこれで楽しく充実していました。
2012年
充実はしているものの、このころは一人年間で10タイトルを扱うハードワーク。さすがに心身ともに疲れる状況ではありましたが今のレコムのベースはこの時期の苦労があったからだと思います。
2014年
ようやく会社の体制も整ってきたので、最近は帰宅時間も早めになる。現在。プロジェクトの管理・新人教育係に任命され、会社の一つの軸となれた感。新人たち、取引先、己の実力の狭間に頭を悩ませる日々になり、勢いとしてはやや落ち着いてしまった。今後、レコムをよりよくするためにはどうするべきかを、同僚といつも話しています。

1日の流れ 1日の流れ

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